1. 地形篇 後半の原文(省略なし)
孫子曰:
六地有六禍,非天之災,將之過也。
軍多則潰,軍少則併,軍貴則困,軍驕則挫,軍亂則敗,軍懼則走。
故將之道,三利而三害:
令素行則民附,令煩苛則民離;
賞信則士勵,賞疑則士懈;
罰明則軍整,罰亂則軍怠。善將者,知地而避禍,因民而取利。
察地形、審三利,則六禍不生矣。
2. 現代語訳
孫子が言う:
「六つの地形には六つの災い(六禍)が伴う。これは天災ではなく、将軍の過ちである。
- 兵が多すぎれば分裂し、少なすぎれば併呑される。
- 高価(ぜいたく)を好めば補給が窮し、驕れば挫かれ、乱れれば敗れ、恐れれば逃げ散る。
そこで将軍の道には “三利・三害” がある。
- 命令が平素から行き届けば民は附くが、煩雑で苛烈なら民は離れる。
- 褒賞が誠実なら士は励むが、疑いをもって与えれば士気は萎える。
- 罰が明確なら軍は整うが、曖昧なら軍は怠ける。
良将は地形を知って禍を避け、民を活かして利を取る。
地形を見極め、三利を保てば六禍は起きないのだ。」
3. 六禍(ろくか)とは何か
禍 | 起こるメカニズム | 主な地形 |
---|---|---|
潰(かい) | 大軍ゆえ指揮系統が錯綜し分裂 | 通形・支形 |
併(へい) | 小軍で吸収される | 遠形・隘形 |
困(こん) | 奢侈により補給窮乏 | 遠形・険形 |
挫(ざ) | 驕慢ゆえ反撃で打撃 | 通形・挂形 |
敗(はい) | 陣形混乱で総崩れ | 支形・隘形 |
走(そう) | 恐慌による潰走 | 隘形・険形 |
六禍は “地形条件 × 指揮の誤り × 精神状態” の相互作用で発生します。
4. 三利(さんり)の運用ポイント
利 | 具体策 | 地形との相性 |
---|---|---|
令素行(命令が普段から行き届く) | 日頃から指揮系統を単純化。通達に「なぜ」を添える | 兵力分散しやすい通形・支形で効果絶大 |
賞信(賞罰の信実) | 功績評価を即時・公開・再現可能に | 士気低下しがちな遠形・険形で必要 |
罰明(罰則の明確化) | 軽重区分を事前告知し恣意運用しない | 狭路で混乱しやすい隘形・挂形で有効 |
三利が確立していれば、たとえ不利地形でも 潰・併・困・挫・敗・走 を防ぎやすくなります。
5. ケーススタディ:隘形での“走”を未然防止
背景
- 狭谷に布陣。敵が両頭から圧迫。
- 兵士が恐慌(走)の兆候。
失敗要因
- 指揮系統が二重化 → 命令不一致
- 賞罰が曖昧 → 先鋒が無断後退
- 罰を乱用 → 末端が離反
立て直し
- 指揮を単線化(令素行)
- 「通路死守で増俸・金鼓授与」を即宣言(賞信)
- 一般兵の過失は免責、指揮違反にのみ限定罰(罰明)
- 夜陰に乗じ側壁へ軽装隊を奇襲配置 → 挟撃で敵先鋒を挫く
= 走禍を抑止し反撃成功
6. 現代への応用
軍事概念 | 組織マネジメント対応 |
---|---|
六禍:潰 | 大企業の縦割り・派閥分裂 |
六禍:併 | スタートアップが大手に買収・吸収 |
六禍:困 | 予算オーバーでキャッシュアウト |
三利:令素行 | 「普段から情報共有チャネルを一本化」 |
三利:賞信 | OKR/KPIを透明化し即時フィードバック |
三利:罰明 | コンプライアンス違反のみ厳罰、挑戦失敗は寛容 |
7. まとめ
- 六禍 は “天災” ではなく 指揮官の過失。
- 三利 を保ち、六禍を防ぐには 地形判断+統率+士気管理 が一体である必要。
- 行軍篇の偵察・地形篇の区分・勢篇の奇正を総合し、「地理・人・時」を同時に制御するのが孫子流。
次回予告
第39回【地形篇(4)】総括と九地篇への入口
- 六地形+六禍+三利を図解で総整理
- 次章 第11篇「九地篇」 の “散地・軽地 … 死地” へどう接続するかを示します。どうぞご期待ください。
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