第12回【作戦篇(1)】速戦を目指す意義――兵糧と補給の重要性

『孫子の兵法』第二篇「作戦篇」

はじめに

「作戦篇」は、『孫子』十三篇のうち第2篇にあたります。計篇で「兵は国家の死活問題であり、事前の綿密な計画が必須」と説いた孫子は、続く作戦篇で 「具体的にどう補給線を維持し、いかに速戦で終わらせるか」 という実務的な課題に着目します。
古今東西、戦争には莫大な費用と兵糧が必要です。孫子は 「長期戦は国家を疲弊させる」 と強く警告し、速戦のメリットや補給の大切さを説くのが作戦篇の主題となっています。


原文(省略なし:作戦篇冒頭)

以下、宋・明系統の通行本をベースに、句読点・改行を施した形で引用します。

孫子曰:

凡用兵之法:馳車千駟,革車千乘,帶甲十萬,千里饋糧,
則內外之費,賓客之用,膠漆之財,車甲之奉,日費千金,
然後十萬之師舉矣。

其用戰也,貴速不貴久。
夫兵久而國利者,未之有也。

故不盡知用兵之害者,則不能盡知用兵之利也。

善用兵者,役不再籍,糧不三載,
取用于國,因糧于敵,故軍食足矣。

國之貧於師者遠輸,遠輸則百姓貧。
近師者貴賣,貴賣則百姓財竭;
財竭則急於丘役。

力屈則諸侯乘其弊而起,
雖有智者,不能善其後矣。

(※文末まで続きがありますが、本回では冒頭部の区切りとして、ここまでを取り上げます。次回以降で全文を引き続き掲載・解説していきます。)


現代語訳

孫子が言う:

「凡そ用兵の法はこうである。
たとえば、馳車(ちしゃ)千駟(し)、革車(かくしゃ)千乗(せんじょう)、帯甲(たいこう/武装した兵)十万を揃え、千里にわたって食糧や物資を輸送するとなれば、
内外の出費や、外交使節への接待費、また膠漆(こうしつ)などの材料費、車や甲冑(かっちゅう)を維持するための経費など、1日あたり何千金もの浪費が発生する。
こうして十万規模の軍勢を動かすことになるのだ。

このように用兵するにあたっては、(戦争を)速やかに済ませることが大切であり、長引かせてはならない。
戦いが長く続いて国家が利益を得たためしは、これまで一度もないのだ。

ゆえに、用兵の害を十分に理解しなければ、用兵の利も理解することはできない。

兵を上手に使う者は、人員を繰り返し徴発せず、補給を何度も行わなくて済む。
つまり、自国の物資に頼りすぎず、可能な限り敵国の糧食を利用することで、軍の食糧を賄う。

国家が軍費に苦しむのは、遠方への輸送(遠輸)が多いからである。
遠くまで輸送すれば、民衆の生活は貧しくなる。
戦場に近い地域では物価が高騰し、結果として人々の財力が尽きる。
財力が尽きれば農作業や労役が急増し、

そこで国の力が弱まれば、諸侯たちがその隙につけこんで蜂起し、
どれほど賢明な人がいても、戦争が長引いた後始末をうまく処理することはできなくなるのだ。」


解説

(1) 用兵には莫大なコストがかかる

冒頭の「馳車千駟…」という具体例は、十万規模の軍隊を動かす際の膨大な出費を想定したものです。馳車・革車は馬車や戦車の類、帯甲十万は武装兵の数を示します。
これらを維持し、千里先へ補給するとなると、食糧・装備・運搬費用から人件費、交渉や外交接待など、目に見えないコストまで膨れ上がるのは想像に難くありません。

(2) 「貴速不貴久」――速戦を良しとする理由

作戦篇のキーワードが 「速戦」 です。

  • 戦いが長引けば、そのぶん国庫は消耗し、民衆が疲弊する
  • 一時的に勝っても、長期戦で国力を失えば、結果的には害が大きい

孫子は「国が戦争で利益を得た試しなどない」と言い切り、いかに速く決着させるかが作戦篇の主眼になっています。

(3) 「不盡知用兵之害,則不能盡知用兵之利」

ここは、兵を用いることの“害”を知らないと、その“利”も分からない という逆説的な指摘です。

  • つまり、戦争のコスト(人的損耗・経済的負担)を直視しない者は、「うまくやれば利益がある」と勘違いしてしまう。
  • 真の利益とは、速やかに片を付けて混乱を最小限に抑え、国家を衰えさせないことにある、という考え方です。

(4) 「善用兵者,役不再籍,糧不三載」

  • 役不再籍: 兵役を繰り返し徴発しない
  • 糧不三載: 食糧を何度も運ばない

上手に兵を使う者は、できるだけ早期決着を目指すため、一度動員した兵士で済ませ、補給を何度も重ねなくていい というわけです。

(5) 「因糧于敵」――敵からの補給を活かす

孫子は、兵糧や物資を相手国から調達する戦術を推奨します。これは、敵地での略奪行為という面もありますが、戦時下では相手国の資源を利用することで自国の消耗を抑えられるという割り切った発想です。
ただし、略奪が行き過ぎると民衆の反感を買い、泥沼化するリスクもあり得ます。後の篇でも、こうした民心とのバランスが取り上げられます。

(6) 長期戦の悪循環

後半で述べる「遠輸」「物価高騰」「百姓の疲弊」「他国につけこまれる」という流れは、長期戦によって国力が衰え、周辺諸国の侵略を招く 悪循環を示しています。
孫子は、ただでさえ膨大な費用と人員を必要とする戦争を、だらだらと続けることがいかに危険かを強調しているのです。


現代への応用ヒント

  1. プロジェクト管理とコスト意識
    • 大規模プロジェクトでは、コストや人材をどれだけ効率よく配置するかが成否を左右する。
    • 長引けば予算超過や社員の疲弊が深刻化し、結果的に組織全体を弱体化させる。
  2. 短期決戦と機動力
    • 製品やサービスの市場投入を素早く行い、リスクを最小化する“アジャイル”なアプローチは、まさに「貴速不貴久」の発想。
    • ダラダラと開発期間を延ばすと、競合が参入したり、投資コストが回収不能になったりする。
  3. 取用于國,因糧于敵
    • ビジネスでは、他社のリソースや提携関係を上手に活用し、自前主義でコストを抱えすぎない戦略が考えられる。
    • ただし、“略奪”や“ただ乗り”にならないよう、WIN-WIN関係を築く工夫も必要。

まとめ

第12回【作戦篇(1)】では、作戦篇の冒頭部分を省略なしで紹介し、長期戦のリスク・短期決戦のメリット・兵糧確保の重要性といったテーマを概観しました。孫子が最初に取り上げたのは「どう戦うか」ではなく、「どう補給し、いかに速戦で終わらせるか」 という、非常に現実的な視点だったのです。

次回【作戦篇(2)】では、今回の続きとなる原文(作戦篇の残り部分)をさらに読み進め、「国家経済と戦争の関係」「敵国の資源の取り扱い」など、より具体的な記述を掘り下げます。計篇とはまた異なる、戦争運営のリアリズムをぜひ体感してください。


あとがき

  • 作戦篇の位置づけ
    計篇が“総論”ならば、作戦篇は“兵站・コスト管理論”のはじまりとも言えます。現代の企業経営や国家財政に通じる発想が多々含まれており、『孫子』が単なる精神論や策略本にとどまらないことがよく分かるでしょう。
  • 次回予告
    作戦篇は本連載でも複数回に分けて紹介予定です。次回は作戦篇の後半部分に入り、孫子の“補給と戦利品”への具体的な考え方や、さらに深まる「短期決戦」論を取り上げます。どうぞお楽しみに。

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