1. 九地篇 原文(冒頭部:省略なし)
孫子曰:
地有九者:散地、軽地、争地、交地、衢地、重地、圮地、囲地、死地。
散地者,諸侯自戦其地也;
軽地者,入人之地不深者也。散地則無戰,軽地則無止。
2. 現代語訳
孫子が言う:
「地には九種類がある──散地・軽地・争地・交地・衢地・重地・圮地・囲地・死地である。
- 散地 は、諸侯がそれぞれ自国を守ろうとしている領内(味方本国)である。
- 軽地 は、敵領に浅く侵入しただけで奥深くは入り込んでいない場所である。
散地では戦うな。軽地では長居をするな。」
3. キーワード解説
用語 | 定義 | 孫子の原則 | 背景心理 |
---|---|---|---|
散地 | 自国領内。兵は「家に近い」 | 無戦:戦わず撤収・結集を優先 | 兵士が拡散しやすく指揮が効かない |
軽地 | 敵国の辺境。補給線短い | 無止:早く進むか早く引く | 兵も敵も本気度が低く膠着しがち |
共通点 : 「浅い関与」なので集中力が弱い
相違点 : 後背が自国か敵国か
4. 戦術的処方箋
散地での要諦 ―― 「集」
- 召集し再編:各郡兵を集中配置し指揮統一
- 補給整理:領内ゆえ兵站は確保しやすい
- 無戦撤退:敵が来ても無理に戦わず要害へ引く
- 情報戦:民衆を通じ敵の動きを素早く掴む
軽地での要諦 ―― 「速」
- 偵察重視:敵本隊との距離を常時把握
- 速進 or 速帰:決して停滞しない(“無止”)
- 軽装行:兵站を背負い込まない
- 陽動可:敵を散らし深地形へ誘導する布石に使える
5. ミニケーススタディ
ケース | 地形 | 成否の分岐点 |
---|---|---|
A:国境沿いで敵軍を迎撃しようと拠点分散 | 散地 | × 指揮分散→各個撃破。→ 「集」原則違反 |
B:敵領に 1 日行軍で前線村落を制圧・翌日停滞 | 軽地 | × 住民反乱+敵援軍到着→補給線カット。→ 「速」原則違反 |
6. 行軍篇・地形篇との連動
テーマ | 行軍篇 | 地形篇 | 九地篇(散/軽) |
---|---|---|---|
偵察 | 山林・沼沢の裏を調査 | 六地形分類 | 軽地:敵本隊距離測定 |
補給 | 速やかに糧道確保 | 遠形は糧線注意 | 散地:自領なので補給安易 |
指揮 | 行速而不亂 | 三利で統制 | 散地:「集」で再編 |
7. 現代への応用
九地概念 | ビジネス例 | 実践ヒント |
---|---|---|
散地:無戦 | 本社内の部門間対立 | 競合せずワークショップで再結集 |
軽地:無止 | テストマーケットの小規模出店 | 早期データ取得→成否即判断、ダラダラ居座らない |
8. チェックリスト(散地・軽地篇)
- ここは味方領か敵領か?
- 部隊(社員)は散在していないか?
- 滞在目的は短期調査か長期駐留か?
- 補給路・帰還路が二重確保されているか?
- 情報収集ループは 24 h 以内で回っているか?
9. まとめ
- 散地:味方領で指揮が散逸→まず集めて戦わず要害へ。
- 軽地:敵領浅部で膠着しやすい→長居せず前進か撤退、“速” を貫く。
- どちらも 「浅い関与=結束弱」 がネック。
- 次なる 争地・交地・衢地 は “関与が深まるステップ” であり、ここで 形・勢・虚実 をフル活用する準備が必要。
次回予告
第41回【九地篇(2)】争地・交地・衢地――主導権争いが始まる
- なぜ“争地”では先に奪い合い、“交地”では外交が絡み、“衢地”では通商路を押さえるのか
- 各地形での経済・補給・情報戦のベストプラクティス
どうぞご期待ください。
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