第48回【用間篇(3)】総括――“情報×火×地形”を束ねる運用規範

『孫子の兵法』第十三篇「用間篇」

1. 原文(用間篇:全文再掲)

孫子曰:

凡興師十萬,出征千里,百姓之費,公家之奉,日費千金;內外騷動,怠於道路,不得操事者,七十萬家。
相守數年,以爭一日之勝,而愛百金之賞,不知敵之情者,不仁之至也;非人之將也;非主之佐也;非勝之主也。
故明君賢將,所以動而勝人,成功出於眾者,先知也。
先知者,不可取於鬼神,不可象於事,不可驗於度;必取於人,知敵之情者也。

用間有五:有鄉間,有內間,有反間,有死間,有生間
五間俱起,莫知其道,是謂神紀;人君之寶也。

鄉間者,因其鄉人而用之;
內間者,因其官人而用之;
反間者,因其敵間而用之;
死間者,為誑事於外,使我之間知之,而傳於敵;
生間者,反報也。

故三軍之事,莫親於間賞莫厚於間事莫密於間
非聖智不能用間,非仁義不能使間,非微妙不能得間之實。微哉微哉!無所不間。
間事未發而先聞者,間與所告者皆死。

凡軍之所欲擊,城之所欲攻,人之所欲殺;必先知其守將,左右,謁者,門者,舍人之姓名,令吾間必索知之。
必索敵間之來間我者,因而利之,導而舍之,故反間可得而使也。
因是而知之,故鄉間內間可得而使也;因是而知之,故死間為誑事,可使告敵;因是而知之,故生間可使如期。
五間之事,主必知之,知之必在於反間,故反間不可不厚也。

昔殷之興也,伊摯在夏;周之興也,呂牙在殷。
故唯明君賢將,能以上智為間者,必成大功,此兵之要,三軍之所恃而動也。


2. 現代語訳(通し)

孫子が言う:

十万の軍を千里遠征させれば、日ごとに巨費がかかり、国内は騒ぎ、道は滞り、仕事に就けない家は七十万にも及ぶ。何年も対峙して一日の勝敗を争うのに、わずかな報奨金を惜しんで敵情を知らないのは最悪の不仁であり、将の器ではなく、主の補佐でもなく、勝利の長でもない
明君と賢将が動いて勝てるのは、成功が多くの人の力から生まれるのは、事前の知(先知)があるからだ。先知は神頼みでも験担ぎでも計算だけでも得られない。人――敵情を知る者――から得るのである。

そこで間者は五種ある。郷里の者(鄉間)敵の官吏(內間)敵の間者の反転(反間)偽情報を運ぶ者(死間)帰還報告する者(生間)この五者を同時に動かし、筋道を悟らせない(神紀)――君主の宝である。

軍の仕事で間ほど親しく扱うべきものはなく報奨は最も厚く機密は最も厳しくせよ。聖智なければ用いられず、仁義なければ動かせず、微妙(緻密)でなければ実(じつ)は取れない。実に繊細で、用いざるところがない。
機密が露見して事が起こる前に知られたなら、間者と漏らした者はともに処刑である。

攻撃したい目標・攻めたい城・除きたい人物があるなら、まず守将・側近・取次ぎ・門衛・近習の姓名を洗い出させよ。
わが方に来る敵の間者を必ず探し当て、利で引きつけ、導いて任務を与え、帰してやれ――それが反間である。
反間で把握できれば、鄉間・內間を動かし、死間に偽情報を持たせ、生間は期日に従って帰報できる。
五間の運用は君主が必ず把握し、その要は反間にある。ゆえに反間は厚遇せよ。

殷が興ったときには伊摯(伊尹)が夏に、周が興ったときには呂牙(太公望)が殷に在った。
上智を間として用いる明君・賢将は必ず大功を成す。これが兵の要であり、三軍が拠り所として動く根幹である。


3. 総括:情報オペレーティング・モデル(IOM)

(1) 目的(Why)――先知で固定費を削る

  • 戦の最大コスト=時間×動員先知で不確実性を削り、戦う前に勝敗を傾ける。

(2) 人材(Who)――五間の重奏

  • =地元の目耳 =制度の鍵 =中枢の裏口
  • =相手判断を誤らせる囮 =検証(BDA)の戻り線

(3) プロセス(How)――反間を軸に同期

  1. 名簿化(守将・側近・取次・門衛・近侍)
  2. 反間:利→導→舍(厚遇・任務設計・帰側)
  3. **死間:真実+“混ぜ物”**で敵の思い込みを増幅
  4. 生間:期日・形式・検証を事前合意

(4) ガバナンス(Guardrails)

  • 厚賞・秘匿・OPSEC(Need‑to‑Know/二段階承認/リーク即時遮断)
  • 倫理・法遵守(仁義)。保護なき情報活動は長続きしない

4. “情報×火×地形”の統合運用

フェーズ先知(五間)で判別火攻篇の適用地形・九地の選択
目標特定倉庫・輸送・編成の弱点(內・反)火庫・火輜・火隊を優先通/挂で迅速接近、隘/険で待ち伏せ
時機決定風向・乾燥・敵の交代時刻(鄉・生)火発上風・無攻下風/昼風長・夜風短争地は速戦、交地は連携、衢地は兵站化
欺瞞同期反間が握る“嘘の起点”に合せて(反・死)外火は内火に外応/不可なら止む圮地は速抜け、囲地は“謀”で隙を作る
事後処理生間でBDA・治安・撤収(生)費留回避:撤収線/治安/接収を整える重地では因糧於敵、自活率↑

5. 失敗パターンと対処

失敗典型症状予防策
未発先聞作戦前に噂が拡散機密分割・偽計混合・リーク経路の“餌付け”で特定
厚賞不足情報の鮮度が落ちる即時・公平・安全の3条件を制度化
反間不在五間が分散し同期せず反間への厚遇/回線を一本化、デブリーフを反間起点に
費留勝利後の滞留・無秩序火後の撤収SOP・治安部隊・補給再編をセットで計画

6. 実務テンプレ(合法・倫理を厳守)

  • IOMチェックリスト(10項)
    1. 何を知れば意思決定が変わるか(知るべき問い
    2. 鄉・內・反・死・生のカバレッジ
    3. 名簿(守将~近侍)と接触経路
    4. 反間候補の利害(待遇・理念・安全)
    5. 厚遇パッケージ(即時報酬/保護/将来ロール)
    6. 偽情報の真偽比(Truth:Noise)と検証線
    7. OPSEC(権限設計・ログ監視・リーク対応)
    8. 時機(風・乾燥・交代表)と火計連動
    9. 地形・九地の判定と移動計画
    10. BDA(生間の帰報様式・期日・反省会)

※現代応用は OSINT/広報/契約・調達/ユーザテスト 等の合法領域に限定。違法行為・人格権侵害は厳禁。


7. まとめ

  • 先知=人から来る一次情報
  • 反間を要五間の重奏で“神紀(全体像)”を作る。
  • **火(攻勢の目)×地形/九地(場)**を情報で“結線”し、費留を回避して勝利を利得化する。
  • これで用間篇は完結。孫子全体の“戦わずして勝つ”は、情報を核形(不敗)・勢(爆発)・虚実(誘導)・軍争/行軍(先手)・地形/九地(空間/心理)を一つの運用規範へ束ねることに尽きます。

次回予告

第49回【総合総括(1)】――全十三篇を“戦略運用図”に落とす

  • 主要命題(不敗・先手・奇正・情報)を一本化
  • 計篇~用間篇までの相互参照マップ実務テンプレを提示します。

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