第47回【用間篇(2)】反間を要にする――厚賞・保護・偽情報の統合運用(原文・後半:省略なし)

『孫子の兵法』第十三篇「用間篇」

以下は、連載 第47回【用間篇(2)】反間を要にする――厚賞・保護・偽情報の統合運用 の原稿です。前回(第46回)は、先知(事前情報)と五間(鄉・內・反・死・生)を概観しました。今回は 用間篇の後半を省略なしで掲出し、とりわけ反間(はんかん)を核に五間を連動させる方法を読み解きます。


1. 用間篇 原文(後半:省略なし)

孫子曰:

凡軍之所欲擊,城之所欲攻,人之所欲殺;必先知其守將,左右,謁者,門者,舍人之姓名,令吾間必索知之。
必索敵間之來間我者,因而利之,導而舍之,故反間可得而使也。
因是而知之,故鄉間內間可得而使也;因是而知之,故死間為誑事,可使告敵;因是而知之,故生間可使如期。
五間之事,主必知之,知之必在于反間,故反間不可不厚也。

昔殷之興也,伊摯在夏。周之興也,呂牙在殷。故明君賢將,能以上智為間者,必成大功,此兵之要,三軍之所恃而動也。


2. 現代語訳

孫子が言う:

軍として打ちたい目標、攻めたい城、除きたい人物があるなら、まずその守将や側近、取次ぎの者(謁者)、門番(門者)、近習(舍人)の姓名を把握させよ。間者に必ず探索させ、名簿化せよ。

そしてわが方に潜入してくる敵の間者を必ず突きとめ、利益で引きつけ、導いて(任務を与えて)帰し反間として使え。

これ(反間)を軸に状況が分かれば、鄉間・內間を動かせる。同じく、死間には偽情報を持たせて敵へ告げさせ、生間は期日に合わせて帰報させられる。

五間の運用は君主が必ず把握すべきで、その要は反間にある。ゆえに反間への遇し方は厚くせよ。

むかし殷が興った時には伊摯(=伊尹)が夏に在り周が興った時には呂牙(=太公望)が殷に在った。ゆえに上智を間として用いる明君・賢将は必ず大功を成す。これこそ兵の要で、三軍がよりどころとして動く根幹である。

語註謁者=取次ぎ・秘書役、門者=門衛、舍人=近侍・従者。いずれも「人の入口」であり、作戦の鍵を握る“要”の人々。


3. 解説――反間を“要(かなめ)”に五間を連動させる

(1) 名簿化(ホット・リスト化)の徹底

後半冒頭は、守将・側近・取次・門衛・近侍の“人名台帳”を先に作れと指示します。モノ(城・倉庫)ではなく、人の経路を押さえるのが用間篇の作法です。「入口の人」を可視化するほど、偽情報の注入点と反転の糸口が増えます。

(2) 反間の作り方――利を与え、導き、帰す

利之・導之・舍之」の三段。

  1. :動機づけ(身分保護・報酬・家族の安全)。
  2. :こちらの計画に沿った任務を与える(情報・動線・連絡法)。
  3. 放して返す(帰側させる)。――“こちらに留め置かない”のが肝。敵のなかへ戻すことで二重スパイとして多層の情報網が開きます。

(3) 反間を軸に、鄉・內・死・生が“重奏”になる

反間で敵中枢の目と耳を握ると、

  • 鄉間(現地の風聞・地利)と內間(官僚・兵站手続)の入口が開く、
  • 死間偽情報を持たせやすくなる、
  • 生間帰報時刻も合わせやすくなる――
    という波及効果が生まれます。「五間之事,主必知之…反間不可不厚」は、厚遇・保護・秘匿が反間運用の三本柱であることを示唆します。

(4) 歴史的比喩――伊摯(伊尹)・呂牙(太公望)

伊摯在夏/呂牙在殷」は、敵側の中枢に“上智”が入り、変革の前提が整ったことを象徴する用例です。単なる陰謀ではなく、高い知恵と倫理を持つ人物が内部から潮目を変える――「上智為間」の核心です。


4. 運用テンプレ(実務に落とす)

目的:法令・倫理を厳守したインテリジェンス体制の設計(不正・侵害行為は厳禁)

  1. 人名台帳:相手組織の決裁者・取次・警備・現場責任者のロールと連絡導線をOSINTで整理
  2. 反転候補:利害の不満点(待遇・評価・理念不一致)を合法な調査で把握
  3. 厚遇パッケージ:報酬の即時性、保護(内部通報制度・身元秘匿)、将来のロール保証
  4. 偽情報(死間)真実に“混ぜ物”を少量――判別不能にし、“敵の思い込み”に寄せる
  5. 帰報(生間)期日・フォーマット・検証(BDA)を先に約束
  6. OPSEC:Need-to-know、二段階承認、リーク検知→即時遮断の運用

5. ミニケース(比喩的・合法想定)

  • 反間×契約網:競合が出す“値引き条件”の定例化を反間で察知 → こちらは在庫回転×納期を武器に価格以外の土俵で先回り。
  • 死間×広報:相手が“年内大型発表”と踏んでいるなら、関係がありそうで核心を外す事実情報を先出しし、相手の投入時期をずらす。
  • 生間×検証:現場PoCの担当者(生間)が期日ごと不具合の統計を戻す→製品仕様の改定へ直結。

※現代応用はOSINT・契約・人事・広報など合法の枠内に限定してください。不正アクセス、機密侵害、人格権侵害は厳禁です。


6. チェックリスト(“反間中心”の初動5問)

  1. 誰の名簿が要るか?(守将・側近・取次・門衛・近侍)
  2. 反転の動機(利)は何か? 金銭・地位・安全・理念――どれを提示するか
  3. 導き(任務)は具体か? 取得情報・頻度・伝達路・符牒
  4. 帰し方(舍)の手順は? 戻り経路・検問対策・追跡遮断
  5. 厚遇・保護の制度は整ったか?(報酬即時・身元秘匿・リーク時の救済)

7. まとめ

  • 人名台帳 → 反間の三段(利・導・舍) → 五間の重奏が後半の骨子。
  • 反間は“要”――これを厚遇・保護・秘匿してこそ、鄉・內・死・生が活きる。
  • 上智を間として用いることが、「此兵之要」=三軍の根幹である――用間篇の着地点です。

次回予告

第48回【用間篇(3)】総括――“情報×火×地形”を束ねる運用規範
五間をダッシュボード化し、火攻篇・地形篇・九地篇と連結する統合テンプレを提示します。

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