1. 原文(省略なし)
孫子曰:
死地者,為無所往者也。
將入於死地而後生,置之亡地而後存。故將之志,能如撲卻,兵之眾,能如發矢。
夫兵致死地而後生,陷之亡地而後存。
無禁,則士卒盡力;無求生,則將士一心。是故,明將之所御者,人情也。
2. 現代語訳
孫子が言う:
- 死地 とは、もう退く場所がなく、生き残るにはただ戦うしかない土地である。
- 将は軍を死地に入れてこそ生き延びさせ、亡地に置いてこそ存続させる。
- 良将は自らの決意を石を砕く槌のごとく固くし、兵の勢いを放たれた矢のように鋭くする。
- 軍を死地に追い込めば兵は力を出し切り、生への執着を断てば上下一心となる。
- したがって名将が操るのは “人情” そのものである。
3. 死地の三条件
条件 | 内容 | 準備策 |
---|---|---|
A. 退路遮断 | 河・海・崖・火計で背後を閉ざす | 橋撤去・舟焼却を事前決断 |
B. 総力一点集中 | 分隊・遊軍を廃し主力一本化 | 輜重・非戦闘員を要害へ退避 |
C. 意思統一 | 生還を諦めた誓詞・儀式 | 賞罰一挙公開・指揮系統単線化 |
注意 :A,B,C が欠けた “なんちゃって背水” は、混乱 → 壊滅の最短コース。
4. 背水の陣を成功させる 3‑Step シナリオ
Step | 指揮官の行動 | 兵士の心理 |
---|---|---|
① 破棄 | 退路を潰し“後戻り不可”を可視化 | 「もう進むしかない」 |
② 短期目標 | 48h 以内に突破地点を示す | 目的が近い→全力投入 |
③ 勢の爆発 | 予備兵ゼロ、全兵同時突撃 | “死中に活” で士気最頂点 |
5. ケーススタディ
韓信「背水灌井の戦い」(趙・井陘口 紀元前 204)
- 河を背に 1 万を布陣(死地)
- 2 千の奇兵が敵本陣を奇襲→趙軍混乱
- 背水軍が正面突撃し挟撃成功
要点 : 退路遮断+挟撃タイムテーブル+敵士気逆落
6. 死地の“誤用”パターン
誤用 | 症状 | 結末 |
---|---|---|
無計画背水 | 橋を焼くが突破ルート不明 | 全滅 |
部分背水 | 後衛だけ退路遮断 | 先頭動揺→総崩れ |
長期背水 | 食料備蓄なしで膠着 | 離反・内乱 |
7. 現代への応用
背水の陣 | ビジネス訳 | 成功鍵 |
---|---|---|
全社一点集中 | 不採算事業全撤退→主力製品再投資 | 期限設定+社員株報酬 |
ターンアラウンド | 不良資産売却→現金を R&D に全投入 | 2 年で黒字化マイルストン |
スタートアップ Pivot | 旧サービス閉鎖→新モデル一本化 | ユーザー移行策と資金 12 か月分確保 |
8. チェックリスト(死地投入前)
- 突破目標と〆切 を全員が暗唱できるか
- 補給:48–72 h の糧食・医薬・弾薬を携行したか
- 通信:号砲・旗・メッセンジャー経路を 3 系統確保
- 奇策:敵本陣か後方支援への攪乱隊を準備したか
- 指揮系統:副将以下の代行順位を明文化したか
9. まとめ
- 死地 = 退路なし・補給少・時間制限 → “行動集中装置”
- 成功の鍵は 準備された背水 :退路遮断+短期突破計画+心理掌握
- 形篇の“不敗形”、勢篇の“爆発力”、虚実篇の“誘導”、九変篇の“柔軟”――全知識を束ねて一点にぶつける最終モード
次回予告
第44回【九地篇(5)】九地篇総括――戦略グラフの完成
- 九地すべてを心理曲線で可視化
- 形・勢・虚実・軍争・地形・九地の“六角連動チャート”
- まとめて活用するためのテンプレート提供
どうぞお楽しみに!
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