第43回【九地篇(4)】死地――背水の陣で“生”を掴む

『孫子の兵法』第九篇「行軍篇」

1. 原文(省略なし)

孫子曰:

死地者,為無所往者也。
將入於死地而後生,置之亡地而後存。

故將之志,能如撲卻,兵之眾,能如發矢。

夫兵致死地而後生,陷之亡地而後存。
無禁,則士卒盡力;無求生,則將士一心。

是故,明將之所御者,人情也


2. 現代語訳

孫子が言う:

  • 死地 とは、もう退く場所がなく、生き残るにはただ戦うしかない土地である。
  • 将は軍を死地に入れてこそ生き延びさせ、亡地に置いてこそ存続させる。
  • 良将は自らの決意を石を砕く槌のごとく固くし、兵の勢いを放たれた矢のように鋭くする。
  • 軍を死地に追い込めば兵は力を出し切り、生への執着を断てば上下一心となる。
  • したがって名将が操るのは “人情” そのものである。

3. 死地の三条件

条件内容準備策
A. 退路遮断河・海・崖・火計で背後を閉ざす橋撤去・舟焼却を事前決断
B. 総力一点集中分隊・遊軍を廃し主力一本化輜重・非戦闘員を要害へ退避
C. 意思統一生還を諦めた誓詞・儀式賞罰一挙公開・指揮系統単線化

注意 :A,B,C が欠けた “なんちゃって背水” は、混乱 → 壊滅の最短コース。


4. 背水の陣を成功させる 3‑Step シナリオ

Step指揮官の行動兵士の心理
① 破棄退路を潰し“後戻り不可”を可視化「もう進むしかない」
② 短期目標48h 以内に突破地点を示す目的が近い→全力投入
③ 勢の爆発予備兵ゼロ、全兵同時突撃“死中に活” で士気最頂点

5. ケーススタディ

韓信「背水灌井の戦い」(趙・井陘口  紀元前 204)

  1. 河を背に 1 万を布陣(死地)
  2. 2 千の奇兵が敵本陣を奇襲→趙軍混乱
  3. 背水軍が正面突撃し挟撃成功

要点 : 退路遮断+挟撃タイムテーブル+敵士気逆落


6. 死地の“誤用”パターン

誤用症状結末
無計画背水橋を焼くが突破ルート不明全滅
部分背水後衛だけ退路遮断先頭動揺→総崩れ
長期背水食料備蓄なしで膠着離反・内乱

7. 現代への応用

背水の陣ビジネス訳成功鍵
全社一点集中不採算事業全撤退→主力製品再投資期限設定+社員株報酬
ターンアラウンド不良資産売却→現金を R&D に全投入2 年で黒字化マイルストン
スタートアップ Pivot旧サービス閉鎖→新モデル一本化ユーザー移行策と資金 12 か月分確保

8. チェックリスト(死地投入前)

  1. 突破目標と〆切 を全員が暗唱できるか
  2. 補給:48–72 h の糧食・医薬・弾薬を携行したか
  3. 通信:号砲・旗・メッセンジャー経路を 3 系統確保
  4. 奇策:敵本陣か後方支援への攪乱隊を準備したか
  5. 指揮系統:副将以下の代行順位を明文化したか

9. まとめ

  • 死地 = 退路なし・補給少・時間制限 → “行動集中装置”
  • 成功の鍵は 準備された背水 :退路遮断+短期突破計画+心理掌握
  • 形篇の“不敗形”、勢篇の“爆発力”、虚実篇の“誘導”、九変篇の“柔軟”――全知識を束ねて一点にぶつける最終モード

次回予告

第44回【九地篇(5)】九地篇総括――戦略グラフの完成

  • 九地すべてを心理曲線で可視化
  • 形・勢・虚実・軍争・地形・九地の“六角連動チャート”
  • まとめて活用するためのテンプレート提供

どうぞお楽しみに!

コメント

タイトルとURLをコピーしました