第15回【作戦篇(4)】作戦篇の総括――短期決戦を支える現実主義

『孫子の兵法』第二篇「作戦篇」

はじめに

前回【作戦篇(3)】までで、孫子が説く「補給線と戦費」のリスク管理や、「因糧於敵(敵国資源の活用)」などの具体策を概観してきました。作戦篇は全体として、いかにコストを抑えつつ短期で戦いを終わらせるかを徹底的に説く章であり、長期戦の危険性を何度も警告しています。

本稿【作戦篇(4)】では、あらためて作戦篇全体を振り返り、そこに宿る“現実主義”“短期決戦”思考の重要性を整理します。さらに、次の「謀攻篇」への橋渡しとして、戦略レベルで「戦わずして勝つ」思考と、作戦レベルでの「速やかな決着を求める」思考がどう結びついていくのかを展望していきましょう。


作戦篇を支える三つの柱

(1) 戦費・兵糧の莫大さを直視する

作戦篇冒頭では、十万規模の軍勢を動かすための具体的なコストが示されました。「馳車千駟、革車千乘、帶甲十萬…」という例は、戦争が“巨大プロジェクト”であることを強く意識させます。

  • 長期化するとコストが膨れ上がる
  • 国庫を逼迫させ、民衆の生活を脅かす
    孫子はまずこの「経済的リアリズム」を押さえたうえで、短期決戦の必要性を説いているのです。

(2) 短期決戦=国力温存の鍵

「兵は貴(たっと)ぶべきは勝、貴ぶべからざるは久」。戦いの目的は勝利であって、長期化はむしろ逆効果――これが作戦篇の中核メッセージでした。

  • 長期戦がもたらす悪循環: 国民の負担増 → 物価高騰 → 国力衰退 → 他国の侵略
  • 短期で終わらせれば: 被害を最小限に抑えつつ、勝利のメリット(敵からの戦利品)を取り込める

(3) 敵国資源の取り込み

「因糧於敵」と言われるように、自軍の補給をすべて自前でまかなうのではなく、敵の物資を奪って活用するという発想が一貫して登場します。

  • 自国の疲弊を防ぐ
  • 敵にとっては大きな痛手で士気も下がる
    もちろん、略奪が行き過ぎると民心を失うリスクもあるため、短期決戦で決着を付けるのが望ましいということです。

兵站の管理と士気向上

(1) 補給線を制する者が勝利を握る

現代軍事でも、兵站(ロジスティクス)の確保が非常に重視されます。歴史を見ても、補給線が伸び切った侵攻軍はしばしば大敗を喫してきました。作戦篇には、そうした教訓が凝縮されています。

  • 費用・物資・兵員がどれほど必要かを早期に把握する
  • 不要な消耗を避け、時期を見計らって短期決戦に持ち込む

(2) 戦利品と捕虜の再活用

作戦篇の後半では、得た戦利品や捕虜をいかに味方に編入し、士気を高めるかという視点も描かれます。

  • 元々の兵士に報奨を与え、戦意をさらに上げる
  • 敵兵を厚遇し取り込むことで、自軍の戦力強化に転用
    ここでも、“コストを最小化し、戦果を最大化する” 実利的な思考が貫かれているのがわかります。

計篇から作戦篇、そして謀攻篇へ

(1) 計篇との結びつき

計篇で示された「五事・七計」や「多算勝、少算不勝」の考え方は、作戦篇でも有効です。事前に兵力や補給ルートなどを綿密に分析し、敵からの資源確保短期決戦をどう実現するかをプランニングする――これこそ計篇での廟算(びょうさん)を具体化したかたちといえます。

(2) 次の謀攻篇と“戦わずして勝つ”理想

作戦篇が説く「どう戦争を短く済ませるか」という視点と、続く謀攻篇での「最上の戦い方は、戦わずして勝つ」発想は互いに補完し合います。

  • 理想: 謀略によって戦そのものを起こさずに勝てれば、作戦にかかるコストや兵力消耗はさらに最小限になる
  • もし戦うなら: 作戦篇で学んだように、短期で片付ける方がよい
    この流れが『孫子』全体の構造における大きなストーリーラインを形作っています。

現代社会への応用

  1. プロジェクトの短期化とコスト管理
    • 大規模プロジェクトは期限が伸びるほど予算オーバーや人材ロスに陥りやすい
    • スピーディな意思決定とフェーズ分割による“短期決戦”が企業競争力を高める
  2. 競合リソースの活用
    • 敵(競合企業)の強みを取り込むM&A、提携、あるいはアライアンス戦略は“因糧於敵”の応用
    • ただし、過度な買収や排他行為は市場や顧客の反感を買う可能性がある(作戦篇が示す“適度な略奪”の問題に近い)
  3. 組織運営のバックオフィス強化
    • 兵站=ロジスティクスへの意識が薄い組織は長期継続が難しい
    • 経理・総務・人事・法務など“地味だが不可欠”な部門の基盤が弱いと、ビジネスは長くは続かない

まとめ

作戦篇は、『孫子』が提示する兵法論のなかでも、“コストと時間”という非常に実務的・経済的な視点を強調する章でした。兵站の整備と短期決戦の意義、そして敵資源の取り込みによる効率化――いずれも古代から普遍的な問題設定であり、現代ビジネスの競争やプロジェクト管理にも応用範囲が広いといえます。

次回【第16回】からは、いよいよ「謀攻篇(ぼうこうへん)」へと入ります。孫子兵法の名言「戦わずして人の兵を屈するは、善の善なる者なり」が出てくる、謀略と大局観がテーマの章です。作戦篇で学んだ“短期決戦”の思想をさらに拡張し、そもそも戦いを回避してでも勝つという兵法の真髄に迫っていきましょう。どうぞお楽しみに。


あとがき

  • 作戦篇のコンパクトさ
    計篇に比べると作戦篇は分量が短いぶん、核心をズバッと突く要素が多く、古今の軍事・経済論へ大きな影響を与えてきました。
  • 短期決戦思考をどう実践するか
    現代でも、IT企業が「MVP(Minimum Viable Product)」を小さく素早く出すなど、開発期間を短縮するアプローチは、作戦篇の思想と非常に相性がいいと考えられます。
  • 謀攻篇との接点
    戦わずして勝つ謀攻篇と、実際に戦うなら短期で済ませる作戦篇とをセットで読み込むと、孫子の言う“合理的な兵法”像がよりくっきり見えてくるはずです。

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