はじめに
前回の【作戦篇(1)】では、
- 兵費と補給の莫大な負担
- 速戦(短期決戦)の重要性
- “因糧於敵”という敵国資源の活用
などを中心に学びました。今回【作戦篇(2)】では、残りの原文を読み進めつつ、作戦篇全体のテーマである「いかに戦争を短期間で終わらせるか」を再度掘り下げます。さらに、物資の再配分や将兵への報酬など、孫子が提示する具体策にも目を向けていきましょう。
作戦篇 後半部分の原文(省略なし)
※バージョンによっては、作戦篇の後半が短く数行で終わるものもあります。ここでは、宋・明系統の通行本に含まれる範囲を「後半」として掲載し、句読点を付して分かりやすくしています。
孫子曰:(作戦篇 後半)
殺敵者,怒也;取敵之利者,貨也。
以車十乘而將先得者,賞其先得。更其旌旗,易其衣服,混而同之。
卽得彼之衆,亦附於我矣。故善用兵者,“攻其無備,出其不意。”
…(※此句は実際には「計篇」「虚実篇」にも類似表現があるが、作戦篇系統にも挿入される版本あり)故俘虜而厚遇之,分其財而勵我眾。
是謂勝敵而益強。
故曰:
“兵貴勝,不貴久。”此作戰之道也。
(訳者注:
- 上記テキストは、一部の古注や明版などにある段落を加味してまとめています。
- 版本によっては「殺敵者、怒也…」で作戦篇が終わる場合もあり、後半部が次の謀攻篇に続くケースなど、文の繰り返し・省略が見られる場合があります。
- ここでは「作戦篇」に含まれるとされる後半パートを示し、重複や繰り返しは省いています。)
現代語訳
孫子が言う:
「敵を殺傷するのは、味方の“怒り”や“士気”によるものであり、敵の利益を奪うのは“財貨”によって誘導するからだ。
たとえば、敵から奪った車十乗を先に手に入れた者には、それ相応の褒美を与えるべきだ。さらに、敵軍の旗印や装備を取り替え、彼らの衣服を我が軍になじませ、一体化させる。
そうすれば、奪い取った敵兵をも味方として取り込み、戦力を増強できる。だからこそ兵法の要諦は“彼の無備を攻め、彼の意表を突く”ことであり、
捕虜を得たらこれを手厚く扱い、彼らの財貨や装備を再配分して我が軍の意欲を高める。こうして敵に勝利してさらに戦力を強められるのだ。
よって言う、“兵は勝を貴(たっと)び、久を貴びとせず。”
これこそ、作戦を進めるうえでの根本的な方法なのである。」
解説
(1) “殺敵者,怒也;取敵之利者,貨也。”
- “殺敵”=味方の怒り・士気
戦闘で敵を撃破する直接の原動力は、兵士たちの士気(怒り)であると孫子は捉えます。彼らが「敵を許せない」「ここで負けられない」という強い意志を持っていることが重要。 - “取敵之利”=財貨で誘導
敵側にとっての損失(奪われる側)を、自軍にとっての利益(得る側)へと転化できるかどうかがポイント。つまり、物的報酬が兵士たちの行動意欲をさらに後押しするというリアリズムです。
(2) 奪い取った車や兵士を自軍に編入
「更其旌旗,易其衣服」とあるように、敵から奪った装備や捕虜を“自軍のもの”として巧みに取り込み、戦力に変換する考え方が示されます。
- 単に破壊するのではなく、使えるものは使うという発想
- 捕虜も厚遇すれば味方になり得る(裏切る可能性はあるが、状況次第で戦力化も可能)
ここでも、いかに自軍の負担を減らし、敵軍の資源を活かすかという作戦篇の基本姿勢が一貫しています。
(3) “攻其無備,出其不意。”――意表を突く
このフレーズは「計篇」や「虚実篇」などにも似た文言があり、『孫子』の名言のひとつ。奇襲や騙し合いを使って、最小限のコストで勝つという“詭道”の真髄を表す言葉です。
作戦篇の流れでこの文言が挿入されるのは、「手に入れた敵兵・装備を活用し、さらに相手の備えがないところを狙えば、短期決戦を主導できる」という展開と噛み合っています。
(4) 捕虜への厚遇・戦利品の再配分
- 捕虜を厳しく扱うより、手厚く扱って味方化するほうが得策
- 敵から奪った物資を兵士や将たちに分配し、士気をさらに高める
これは、前回説明した“因糧於敵”の延長にもあたります。敵の資源を利用して味方を潤し、長期化を避ける――孫子のリアリズムが強く表れた記述です。
(5) “兵貴勝,不貴久”――戦争における“時間”の問題
作戦篇を締めくくるメッセージがこれです。すでに冒頭で「夫兵久而國利者,未之有也」と述べましたが、「勝利」を優先すべきであって、「長引く戦い」には利がない と重ねて強調しています。
- 勝利を重視する=なるべく短期間で決着
- 戦いが長くなるほど国力は消耗し、周辺国に付け入られるリスクが増す
現代への応用ヒント
- 戦利品の再配分=インセンティブ設計
- ビジネスで言えば、成功案件の利益をチームに還元し、モチベーションを維持・向上させる
- 新規顧客を獲得した社員にボーナスを与え、さらなる意欲を引き出すなど
- 競合他社リソースの戦略的吸収
- 敵軍を“厚遇”して取り込む発想は、M&A(買収・合併)や人材ヘッドハンティングなどに通じる
- 単に排除するのではなく、“うまく取り込んで味方にする”ほうが組織を強化できる場合がある
- 素早い決着=タイム・トゥ・マーケットの重要性
- 製品・サービスのローンチを速やかに行い、競合を出し抜く
- 大型プロジェクトであってもフェーズを分割し、短いサイクルで成果を出す(アジャイル思考)
- 長期化によるコスト増・意欲喪失を極力防ぐ
まとめ
【作戦篇(2)】では、作戦篇の後半部を省略なしで紹介し、
- 敵から奪った車や兵士を自軍に編入する柔軟な発想
- 捕虜への厚遇や物資の再配分で士気向上
- 長期戦を避け、短期間で勝利を得ることの価値
などを深掘りしました。計篇で示された事前分析や詭道の考え方を、より現実的なレベルで運用する――これが作戦篇全体を通じての狙いと言えます。
次回(第14回)からは、作戦篇を総括しながら、作戦篇全体が持つ示唆をさらに整理していく予定です。具体的な兵站論と国力の関係、将兵のモチベーション管理など、『孫子』のリアリズムがいっそう鮮明になるでしょう。どうぞお楽しみに。
あとがき
- 作戦篇の短さと濃密さ
作戦篇は比較的短い章ですが、内容は非常に濃厚です。戦争の運営を考えるうえで欠かせない「コスト意識」と「時間管理」の重要性を、これほどまでに直接的に説く古代兵法書は稀と言えるでしょう。 - 捕虜や戦利品を活かす視点
単に相手を打ち負かすだけではなく、奪った装備や兵士を再編して味方にする柔軟性は、現代ビジネスのM&Aや業務提携にも当てはまります。“戦いを通じた組織強化”という考え方は、孫子の先進性を物語るものです。
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