はじめに
本回は“読み物”ではなく“使うもの”です。まず、演習の指針として『孫子』の要句を抜粋で掲げ(章特定ではなく横断的引用)、つづいてテンプレート、最後に3 つの演習と解答例(骨子)を示します。
原文(演習指針の抜粋)
勝兵先勝,而後求戰;敗兵先戰,而後求勝。
非利不動,非得不用,非危不戰。
以正合,以奇勝。
攻其不備,出其不意。
先處戰地而待敵者佚,後處戰地而趨戰者勞。
多算勝,少算不勝,而況於無算乎。
火發上風,無攻下風。
五間俱起,莫知其道。
現代語訳(上の抜粋の意訳)
- 勝つ段取りを先に作ってから戦う。利がなければ動かず、危険でもないのに戦わない。
- 正攻法で相手をつかまえ、奇策で決める。相手の備えない所を、不意に突く。
- 先到・先占が“佚(楽)”を生み、後手は“勞(苦)”を招く。
- 事前の算段(七計・KPI)を数で管理する。
- 火を使うなら風上から、風下へは突っ込まない。
- 情報戦は五間(郷・内・反・死・生)を同時運用し、全体像(神紀)で主導する。
1. テンプレート(そのまま使える雛形)
1-1. 七計スコアシート(計篇)
項目 | 設問(○/△/×+10点満点) | スコア | 根拠メモ |
---|---|---|---|
道 | 目的と利害は統一されているか | ||
天 | 天候・季節・風向は有利か | ||
地 | 地形・距離・要衝は押さえたか | ||
将 | 指揮は決断・統率・柔軟を備えるか | ||
法 | 組織規律・賞罰・補給は整ったか | ||
兵力/訓練 | 兵数・練度・士気は優位か | ||
賞罰 | 賞罰は明確・即時か | ||
合計(/70) |
実務目安:合計 60 未満は再設計、60–64 は限定実施、65 以上でGO 候補。
1-2. 九地判定カード(九地篇)
- 散地=自領浅部(戦わず再結集)
- 軽地=敵領浅部(長居せず速進退)
- 争地=双方に利(速戦)
- 交地=国境接触(和衆合隣=外交・民心)
- 衢地=交通交差(物流・徴税で兵站化)
- 重地=敵深奥(掠=現地自活)
- 圮地=悪地形(行=速抜け)
- 囲地=三面包囲(謀=空隙創出)
- 死地=退路なし(死中求生)。
運用:いまの段階と次に移すべき段階を必ず二つ書く。
1-3. 五間オペレーション・チェック(用間篇)
- 名簿化:守将・側近・取次・門衛・近侍は人名+連絡線があるか
- 反間の「利→導→舍」三段は設計済みか
- 鄉(地元風聞・物価・地理)・內(制度・倉庫・鍵)をカバーしているか
- 死間は“真実+少量の混ぜ物”で、敵の思い込みに寄せているか
- 生間(帰報)は**期日・様式・検証(BDA)**が決まっているか
- OPSEC:Need-to-know、二段階承認、リーク検知ルールは有効か
1-4. 火攻判断票(火攻篇)
- 乾燥指数:□高 □中 □低 / 風向:□上風 □下風
- 時刻:□昼(風長) □夜(風短)
- 方式:□内火→外応 □外火単独
- 目標:□火人 □火積 □火輜 □火庫 □火隊
- 停止条件(No-Go):風下突入/市街延焼リスク/撤収線未設定
- 費留回避:治安・撤収・接収・再補給の四点セット
1-5. 終戦SOP:費留を起こさない(火攻×作戦)
- 撤収線と段階ゴールを事前に明示
- 治安部隊と民生対策を同時展開
- 接収品の台帳化(誰が・何を・どこへ)
- 再補給線を 24–48h で再編
- 広報:一次情報のみ、情緒で動かない(非利不動)
2. 演習ケース(3 本)
演習①:争地→衢地の 48 時間作戦
状況
- 河川渡河点(争地)と、その 15km 先の四差路(衢地)。敵は北から 1 個旅団が接近。
- 乾燥期。正午前後に西風(強)。住民は中立。敵補給は北港。東 10km に倉庫群。
タスク
- 七計スコアを採点(/70)。停止条件を数値で書け。
- 渡河→四差路占領の**二段階タイムライン(D+2)**を作成。
- 五間運用:反間を中心に、鄉・內・死・生を同期。
- 火攻の可否判定(風・時間・目標・停止条件)。
- 九地判定を現在→目標の二段で記す(争地→衢地)。
- 費留回避:占領後 24 時間の撤収/治安/接収計画。
解答例(骨子)
- 七計=64:GO(限定)。停止条件:集中比 <3:1、未橋梁で日没→延期。
- タイムライン:D+0 渡河、D+1 夜間に側面へ 1 中隊回し、D+2 0900 四差路封鎖。
- 五間:反間で北港の出港時刻把握→死間で**“東倉庫増援”誤認を流し、敵を東へ逸らす。鄉で浅瀬位置**、內で倉庫鍵を特定、生間は 6h ごと BDA。
- 火攻:火庫・火輜を上風・昼に限定、“市街延焼”発生で即停止。
- 九地:争地→衢地(兵站化)。
- 費留回避:四差路は通行税化しつつ撤収線を南西へ。治安班 1、接収台帳化、D+2 夜撤収。
演習②:囲地から“謀”で突破
状況
- 谷間で三面包囲。東の尾根に幅 200m の切れ目。糧食 36h。敵は夜間巡邏が疎。
タスク
- “謀”の三段(偽情報・挟撃・退路拡張)で突破計画。
- 五間のどれを要とするか、反間の「利→導→舍」を具体化。
- KPI:突破判定のGo/No‑Go 3 指標。
解答例(骨子)
- 偽情報:南側に“脱出準備”の偽装→敵主力を南へ牽引。
- 挟撃:外側救援隊と0100 同時突入、東尾根の切れ目を拡張。
- 退路:工兵先行で倒木・土嚢、車両 1 幅を 2 幅へ。
- 反間:待遇+家族保護で転向、巡邏交替表を入手→舍で帰側させ継続供給。
- KPI:①敵南側主力移動確認 ②東尾根視覚監視 0/5 分 ③切れ目 12m 拡幅達成。
演習③:背水なしで勝つ代替案(死地回避)
状況
- 沼地に挟まれた狭路(隘形)。敵は正面強固。背水の陣も可能だが消耗大。
タスク
- 形×勢×虚実で、背水を使わない勝ち筋を作れ。
- 先手確保(軍争)と地形転換の組合せを示せ。
- KPI:攻勢投入のしきい値を数値で。
解答例(骨子)
- 形:防御縦深+側面斥候で不敗を先につくる。
- 勢:正面は正で牽制、奇は夜間に沼縁の固歩路を敷設→翌朝、側撃。
- 軍争/地形:狭路を避け、通形の回廊に迂回路を設定。
- KPI:集中比 ≥3:1、敵“不備命中率”≥60%、補給余力 ≥72h で攻勢 GO。
3. 採点表(講評シート)
観点 | 4(優) | 3(良) | 2(可) | 1(要改善) |
---|---|---|---|---|
事前計(七計) | 停止条件が数値化・実行可能 | 一部数値化 | 概念止まり | 未設定 |
先手・地形 | 要衝先占+地形転換が両立 | いずれか片方 | 影響が弱い | 無関係 |
奇正配分 | 正で固定・奇で決める | どちらか過多 | 場当たり | 無配慮 |
五間運用 | 反間中核で重奏 | 反間あり | 単独運用 | なし |
火/水・費留 | 停止条件とSOP完備 | どちらか不足 | 机上 | 欠落 |
まとめ
- 読解→運用の橋渡しができれば、『孫子』は“再現可能な勝ち筋”になります。
- 今日のテンプレは、**KPI(停止条件)と撤収・治安(費留回避)**まで一体化しているかを常に点検してください。
- うまくいかないときは、九変に立ち返り、地形・心理・情報のどこが固定観念になっているかを疑うのが近道です。
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