第14回【作戦篇(3)】補給線と戦費――敵から奪う発想

『孫子の兵法』第二篇「作戦篇」

はじめに

「作戦篇」は、『孫子』十三篇のうち、戦争にまつわる実務面の課題――兵糧、補給、戦費、物資の確保など――を主に扱う章でした。
計篇の段階で「戦争を国家の死活問題と捉え、徹底した事前分析を行う」ことが示されていましたが、作戦篇では、それをさらに「いつ、どうやって補給を行い、いかに早期終結を狙うか」というリアルな側面から展開しています。

今回は、作戦篇全体の要点をまとめ直しながら、後世の戦史や現代ビジネスへの応用に触れてみます。


作戦篇の主な論点

(1) 戦争には莫大なコストがかかる

作戦篇冒頭の「馳車千駟,革車千乗,帶甲十萬,千里饋糧…」に象徴されるように、戦争には馬車・武器・兵士の給与・物資運搬など膨大な費用が必要だと孫子は強調します。

  • 戦争を長引かせるほど国家財政が疲弊し、民衆の生活が困窮する
  • 長期戦は国益を損なうばかりでなく、他国に付け入られるリスクも高まる

(2) 短期決戦を目指す「速戦」

作戦篇の基本方針が「速戦を貴び、久戦を貴ばず」。

  • 早く決着をつければ、コストを抑え、民衆の負担を軽減できる
  • 戦いが長引くと、敵国のみならず自国も疲弊してしまい、戦後処理もうまくいかなくなる

(3) “因糧於敵”――敵から奪う発想

孫子がしばしば推奨するのが、自軍の食糧・物資を敵国から補填するという方法です。

  • 自国の負担を減らし、敵国の資源を消耗させる“一石二鳥”の戦略
  • 過度に略奪すれば民心を失うリスクもあるが、要所を的確に抑えれば、補給を効率化できる

(4) 戦利品や捕虜の再活用

作戦篇の後半では、敵車を奪い、それを使った将兵を優遇する記述や、捕虜を味方に取り込み再編成する発想が示されていました。

  • むやみに敵を殺傷するより、味方の戦力強化に転用するほうが得
  • 戦利品を兵士に再配分することで、士気を高め、短期決戦を促進する狙いがある

作戦篇のエッセンス:補給線と戦費のリアリズム

(1) 兵站(へいたん)=兵糧や物資の生命線

現代の軍事学で「兵站(ロジスティクス)」は戦いの勝敗を左右する最重要要素とされています。孫子の時代から、その重要性はすでに理解されており、「長距離輸送が多いほど民衆が貧しくなる」という指摘は、軍事史の真髄とも言えます。

(2) 国家全体への影響を考慮

作戦篇の特徴は、「補給が難航して長期化すれば、国全体が疲弊する」という大きな視点を持つことです。

  • 兵士だけでなく、民衆や農業、商業にまで及ぶ影響を鑑みて、短期決戦のメリットを説く
  • 戦争そのものが自己目的化すると、結果的に国益を損なってしまう

(3) 敵国からの補給のメリットとデメリット

“因糧於敵”は、孫子兵法を特徴づける有名な考え方の一つです。

  • メリット:自軍の運搬負担を減らせる、敵の物資を奪って相手の士気を削ぐ
  • デメリット:略奪・強奪が行き過ぎると占領地域の民衆を敵に回す危険がある
    作戦篇では、あくまで短期決戦を想定しているため、大きな反発が起きる前に片をつけられるなら、この方策が有効となるわけです。

後世への影響と実例

(1) 古今東西の軍事史

  • ナポレオン戦争や第二次世界大戦などで、兵站の失敗が敗因となった例は数えきれません。冬季のロシア侵攻で補給路が伸び切ったのは典型例です。
  • 逆に、成功例としては、物資を現地調達しながら迅速に転戦したモンゴル帝国の兵法などが挙げられます。まさに「因糧於敵」に近い発想です。

(2) 現代ビジネスにおける“補給線”

  • サプライチェーン管理:在庫をどれだけ効率的に回せるか、輸送コストを抑えられるかなど、企業が持つ供給ネットワークの戦略的最適化が勝敗を分ける
  • M&Aや業務提携:敵(競合)から技術や人材を取り込むことで、自社のリソースを節約しながら事業を拡大する発想が、「因糧於敵」を連想させる
  • プロジェクトの短期化:長引くほど開発費が膨らみ、社内リソースも食いつぶされる。「短いリリースサイクルで市場に出す」手法は、孫子の「速戦を貴ぶ」精神と合致する

作戦篇を読む際の注意点

(1) 過度の略奪は禍根を残す

作戦篇では「因糧於敵」を推奨する一方、民心を得る重要性は『孫子』全篇を通じて他の箇所でも説かれています。略奪や強制労役をしすぎれば、占領地の反発を買って長期戦化する危険があります。

  • 孫子の理想はあくまで「短期決戦で勝利し、国全体の疲弊を最小化する」こと
  • 騙し合いや略奪も一時的手段であり、乱用は逆効果となると考えておきましょう

(2) 補給を制する者が勝利を得る――先見性

実際の軍事において、補給や兵站を軽視した指揮官が大敗した例は歴史上無数にあります。企業経営においても、財務・物流・人材確保の計画性を欠くと大きな痛手を被ります。
作戦篇の主張を深く理解すれば、**「戦闘力(表面的な強さ)だけでなく、後方支援の整備こそ鍵」**という視点を得られるでしょう。


現代への応用ヒント

  1. 短期プロジェクトのメリット
    • 開発や投資が長期化すると予算が膨れ上がり、従業員も疲弊しがち
    • 速やかに成果物を出し、市場の反応を得る“アジャイル”や“リーン”手法は『孫子』作戦篇の考え方と親和性が高い
  2. 資源調達の工夫
    • “因糧於敵”をビジネスで置き換えるなら、競合の強みを吸収するM&A、あるいは外部リソースをうまく借りるといった戦略
    • ただし、過度の依存や略奪的行為は、ステークホルダーとの軋轢を招く危険がある
  3. 組織のモチベーション維持
    • 戦利品(利益)を将兵に再配分し、士気を高めるという作戦篇の記述は、現代でも成功報酬制やインセンティブ制度に通じる
    • メンバーが「自分の利益になる」と認識できれば、短期集中で成果を出す意欲が高まる

まとめ

作戦篇((1)~(2)で紹介)では、以下のポイントが再三強調されていました。

  • 長期戦のリスク:コストが膨張し、国力が疲弊する
  • 短期決戦の重要性:“兵は勝を貴び、久を貴ばず”
  • 兵站・補給の最適化:自国を疲弊させず、敵国資源を活用する
  • 再配分による士気向上:奪った車や物資、捕虜を上手に使うことで自軍強化

こうした“補給線・短期化・コスト意識”というテーマは、軍事だけでなくビジネス・組織運営においても非常に示唆に富むものです。
次回(第15回【作戦篇(4)】)は、作戦篇を最終的に総括し、次の「謀攻篇」へとつなぐ予定です。どうぞお楽しみに。


あとがき

  • 計篇との対比
    計篇が戦争の総論(五事・七計・詭道等)を扱ったのに対し、作戦篇は一気に兵站や費用といった具体論へ踏み込む。孫子兵法が机上の空論ではないことを示す好例です。
  • 兵站=企業のバックオフィス?
    人事・経理・法務など、目立たないが組織を支える部門が弱いと、どれほど営業力・技術力が優れていても長期的には崩れる可能性があります。作戦篇が説く補給線のメタファーとして、現代企業も学ぶところは大きいでしょう。

以上が第14回【作戦篇(3)】となります。次回も引き続き作戦篇の締めくくりとして、最終的なまとめを行いつつ、謀攻篇へのブリッジを提示したいと思います。ぜひお楽しみに。

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