はじめに
計篇・作戦篇に続く謀攻篇は、『孫子』兵法のなかでも最も象徴的なフレーズ、「最上の勝ち方は戦わずして勝つ」を明示する章でした。
これまで(1)、(2)回にわたって、その核心部分(城攻めは下策/外交・情報戦で相手を崩す/不戦而屈人之兵など)を読み解いてきましたが、謀攻篇には“謀”を活かすための前提や、将軍と君主の協調体制などの具体的要素も詰まっています。
今回は、謀攻篇全体をもう一度振り返り、そこから得られる現代社会・ビジネスへの示唆を明確化したうえで、次回以降の「形篇」への橋渡しを行います。
謀攻篇の要点整理
(1) 「最上の戦いは戦わずして勝つ」
- 百戦百勝は最善の善ではない
どれだけ勝利を重ねても、実際の戦闘にはリスクや消耗が付きまとう - 不戦而屈人之兵
なるべく戦闘を回避し、情報・外交・同盟破壊などで相手を無力化するのが最も理想的
(2) 攻城は下策、外交や情報工作が上策
- 上兵伐謀,其次伐交,其次伐兵,其下攻城
- 謀略(相手の戦略)を破る
- 外交関係・同盟を崩す
- 実際に軍を叩く
- 最下策が城攻め
- 城攻め(実力での正面突破)は時間とコストがかかり、兵士の損耗が大きい→「攻城之災」
(3) 君主と将軍の役割分担――“将能而君不御”
- 国を動かすトップ(君主)と、現場を指揮する将軍の意思疎通が鍵
- 君主は将軍を信頼し、細かく干渉しすぎない
- 将軍は、謀略や情報戦を駆使して最小限の戦闘で成果を上げる
(4) 知彼知己と勝利の五要因
- 謀攻篇でも**“知彼知己、百戦不殆”** の有名な言葉が再度登場
- 戦うべきか否か、兵力多寡の使い分け、上下の結束、備えある vs. 備えなし、将と君主の協調――これら五つの要因が整えば、戦わずとも勝ちやすい状況を作れる
現代への応用:戦わずに勝つ方法とは
(1) 競合との直接対決を避け、差別化や提携で崩す
“城攻め”に相当するのは、競合との正面衝突――価格合戦・広告合戦・訴訟など、コストや時間がかかる戦い方を指します。
- 謀略レベルの動きとしては、特許戦略・提携先の囲い込み・カウンターブランド展開などが挙げられる
- 消耗戦を避け、相手の強みを発揮させない仕掛けをするほうが得策
(2) 情報と心理、外交の重要性
- SNS・メディアを活用して相手のイメージを崩す(ただしフェイクニュースなどの道徳的問題は注意)
- パートナーシップや業界団体内で優位を築き、相手を孤立させる
こうした“伐謀・伐交”の方策は、現代でも効果的。相手に“戦う前から意欲をそぐ”ことが可能になる。
(3) リーダーシップ:トップは大局を示し、現場指揮に口出ししすぎない
- 組織トップが、細部まで指示を出してしまうと、スピードや柔軟性が失われる
- 将軍(現場リーダー)に裁量を与え、成果を評価するガバナンスが大切
- 現代企業でも、CEOがCOOや現場のプロジェクトマネジャーを信頼できるかが成否を分ける
(4) “知彼知己”の本質:戦わずして勝つための諜報・分析
- 競合や顧客、市場動向を正確に把握(“知彼”)
- 自社の強み・弱み、リソースを正しく評価(“知己”)
- そのうえで、相手が得意でないポイントを突く、もしくは相手が油断している分野に参入するなど、最小限の衝突で勝つシナリオを描ける
謀攻篇と形篇・勢篇の関連
(1) “戦わずして勝つ”と“形”“勢”
次回以降登場する「形篇」「勢篇」では、**戦いにおける“形”(不敗の態勢)や“勢”(エネルギー集中・勢い)**について論じられます。
- 謀攻篇が示す“戦わずに勝つ”ためにも、自軍が不敗の形を作り、相手に勢を与えない工夫が要る
- 形篇や勢篇で学ぶ「奇策+正攻法の活用」「勝てる状況を先に作る」などが、謀攻をさらに具体化する基盤となる
(2) 計篇・作戦篇・謀攻篇がつくる三段構造
- 計篇: 戦う前にあらゆる要素を分析(五事・七計など)
- 作戦篇: 実際に戦う場合は短期決戦・コスト最小化を徹底
- 謀攻篇: 戦闘を回避し、情報戦や外交で勝利を得る
これら三篇の流れを踏まえると、『孫子』の兵法が単なる軍事論ではなく、包括的な戦略論であることがより明確になります。
まとめ
謀攻篇は、“最上兵は謀を伐つ”の有名な言葉どおり、「戦わずして勝つ」 を兵法の理想と位置づける章でした。
- 城攻めは下策 → 時間と人命のコストが大きい
- 外交と謀略 → 相手の同盟や内部を崩し、最小限の衝突で勝利
- 君主と将軍の協調 → リーダーシップ論として、トップが現場を信頼する大切さ
- 知彼知己 → 情報と分析が戦いを回避する前提
これまで学んできた計篇・作戦篇との結びつきからも、無益な消耗戦を避け、安定した勝利を収めるという孫子兵法の大義が、謀攻篇でさらに際立ちました。
次回【第19回】からは、**「形(けい)篇」**へ進みます。形篇は、不敗の態勢をいかに築くかを論じる章であり、直接戦闘を行わなくても優位を握れるような“形”の作り方が語られます。謀攻篇で示された“戦わずして勝つ”を裏支えする理論とも言えるので、引き続きご期待ください。
あとがき
- 謀攻篇の現代的示唆
企業競争で言えば、相手企業との正面衝突だけが道ではなく、特許戦略・業界関係・顧客囲い込みなど、実際に“殴り合い”をする前に勝ち筋を作る方が低コスト・低リスク。 - リーダーシップと情報戦
謀攻を成功させるには、徹底した情報収集(知彼)と自己分析(知己)、そして組織内の適切な権限移譲が不可欠。 - 次への展開
形篇や勢篇で「不敗の態勢」「勢いの作り方」が語られると、謀攻篇の「戦わずに勝つ」アイデアがさらに深みを増します。ぜひ続けて学びを進めていきましょう。
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