第32回【九変篇(3)】九変の総括――臨機応変の重要性

『孫子の兵法』第八篇「九変篇」

はじめに

九変篇は、『孫子』における臨機応変の重要性を扱う章であり、これまで学んできた形篇(不敗の態勢づくり)や勢篇(攻勢の集中力)、虚実篇(相手を誘導する戦略)などの知識を、実際の変化する戦場や地形に合わせて、柔軟に活かすための要諦を示します。本稿【九変篇(3)】は、九変篇全体を総括し、次なる行軍篇・地形篇へと理解をつなげる最終回です。


1. 九変篇の要点再確認

(1) 多様な地形・状況変化

  • 通・挂・支・隘・険・遠 など、地形には多くの類型があり、それぞれの特性を把握しないとリスクが高い
  • 作戦篇・軍争篇で説かれた「短期決戦」「先手必勝」の原理も、こうした多彩な地形のなかで臨機応変に適用しなければならない

(2) 将軍が陥りやすい五つの危険

  • 必死・必生・忿速・廉潔・愛民
  • それぞれ一長一短があるが、極端に走れば失敗を招きやすい → “剛而不變”“柔而無決”“貪而易誘”“驕而輕敵”“疑而失時”にも通じる

(3) “變”とは何か

  • 形勢が刻々と変わる → それに対応して“權度”(状況判断と裁量)を発揮する
  • 過去の成功パターンに固執せず、相手や地形に合わせて作戦を変える → 孫子兵法の合理主義と臨機応変の姿勢がここに集約

(4) 上下同心を崩さない

  • 方針転換が頻繁にあっても、兵士や部下の理解・納得が得られるよう、君主と将、将と兵の意思疎通が必須
  • 組織力がなければ、変化を活かしきれず混乱に陥る

2. “九変”の位置づけ:形・勢・虚実・軍争との関連

  1. 形篇・勢篇
    • 不敗の形を作り、攻撃時に勢を使って一気に勝利を得る
    • ただし、戦場の状況が常に一定ではないため、形や勢も絶えず調整が必要 → 九変篇での柔軟性
  2. 虚実篇
    • 敵を誘導し、弱点(虚)を突く
    • しかし、相手も対策を打ってくる可能性がある → 状況が変われば、こちらの戦術も変わる
  3. 軍争篇
    • 行軍と補給で先手を取る
    • とはいえ、地形や天候、敵の動きなどが変化 → 軍争篇での原則(先手確保)をやりつつ、具体的には九変篇で多彩なケースに対応する

こうした一連の流れを踏まえると、九変篇は“変化対応”を総括的に説く位置づけと言えます。


3. 現代への応用:柔軟さと組織

(1) 企業経営・プロジェクト管理

  • 変化する市場や技術に対して、計画をこまめに見直す“アジャイル”的アプローチ
  • 極端に頑固なリーダー(必死or 必生)や、過度に優柔不断なリーダー(柔而無決)は大きなリスク
  • 組織のモラールや利害調整(上下同心)を維持しながら、柔軟な方針転換を行う

(2) 政治や外交

  • 国内・国際情勢が変わる中で、過度に保守的な政策や放漫な外交はリスク大
  • 相手国の反応や民意などを素早くキャッチし、必要に応じてメッセージを修正 → “変”ができない指導者は危険

(3) 個人のキャリア戦略

  • 仕事の環境が激しく変わる時代に、“この会社で必死に尽くす”と決めすぎるのは危険 → 適度に状況を見極め、転職や学習の方針を変える柔軟性も必要
  • “疑いすぎて失時”もまた問題 → 情報を集めすぎてタイミングを外さぬようバランスが大事

4. 次章「行軍篇」への展望

  1. 行軍篇とは
    • 第9篇「行軍篇」では、さらに行軍中の偵察や地形把握、民衆との関係など、より具体的な移動術が展開される
    • 軍争篇や九変篇で学んだ“先手必勝”“変化対応”を前提に、行軍篇はリアルな敵情偵察・補給管理の話へ踏み込む流れに
  2. 九変篇が生きる場面
    • 行軍篇では複数の地形や突発事態が想定される → 九変的な臨機応変が不可欠
    • また、君主と将、兵士の連携(上下同心)も重要 → 安易に現場へ干渉しない“將能而君不御”マインドが要る
  3. 兵法の総合化
    • 計篇から九変篇に至るまでで、**戦略の基礎(計・作戦・謀攻)→戦術(形・勢・虚実)→行軍と補給(軍争)→柔軟対応(九変)**が構築された
    • 行軍篇・地形篇・九地篇など残りの章で、さらに細かい状況分析が重ねられる → 兵法が立体的に見えてくる

5. まとめ

【九変篇(3)】として、九変篇全体の総括を行いました。

  • 地形・状況の変化を理解していない将軍は、勝ちきれない
  • 頑固すぎる・優柔不断すぎる・驕り・疑いすぎなど、極端な性格は兵法上の大きなリスク
  • “權度”によって柔軟に方針を変化させ、上下一心で臨めば大きな利を得られる

これで九変篇は完了となり、次回【第33回】からは**「行軍篇」**に入ります。行軍篇では、行軍中の偵察や、戦場へ移動する際のルート選択、味方兵士とのコミュニケーションなど、より実務的かつ詳細なノウハウが示されるため、九変篇で学んだ“臨機応変”がさらに活きてくるでしょう。どうぞお楽しみに。


あとがき

  • 九変篇の総括
    計篇・形篇・勢篇・虚実篇・軍争篇で蓄えた理論を、より“変化対応”に応用したのが九変篇。単なる定石ではなく、刻々と変わる情勢に即応する柔軟さが孫子兵法の真骨頂と言えます。
  • 失敗事例を重視
    五危(必死・必生・忿速・廉潔・愛民)や“剛而不變”“疑而失時”など、孫子は特にリーダーが陥りがちな失策に警鐘を鳴らしています。これは現代のリーダーにも通じるポイントでしょう。
  • 次章「行軍篇」へ
    行軍篇では、地形、ルート選択、偵察、補給などがさらに具体的に語られ、九変篇の“多様な変化に対応する”考え方が行軍レベルに具体化されます。連載もいよいよ後半に入り、兵法が益々立体的に展開していくので、ぜひ引き続きご学習ください。

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