第38回【地形篇(3)】六禍と三利――地形 × 指揮 × 士気の総合管理

『孫子の兵法』第十篇「地形篇」

1. 地形篇 後半の原文(省略なし)

孫子曰:

六地有六禍,非天之災,將之過也。

軍多則潰,軍少則併,軍貴則困,軍驕則挫,軍亂則敗,軍懼則走。

故將之道,三利而三害:
令素行則民附,令煩苛則民離;
賞信則士勵,賞疑則士懈;
罰明則軍整,罰亂則軍怠。

善將者,知地而避禍,因民而取利。
察地形、審三利,則六禍不生矣。


2. 現代語訳

孫子が言う:

「六つの地形には六つの災い(六禍)が伴う。これは天災ではなく、将軍の過ちである。

  • 兵が多すぎれば分裂し、少なすぎれば併呑される。
  • 高価(ぜいたく)を好めば補給が窮し、驕れば挫かれ、乱れれば敗れ、恐れれば逃げ散る。

そこで将軍の道には “三利・三害” がある。

  • 命令が平素から行き届けば民は附くが、煩雑で苛烈なら民は離れる。
  • 褒賞が誠実なら士は励むが、疑いをもって与えれば士気は萎える。
  • 罰が明確なら軍は整うが、曖昧なら軍は怠ける。

良将は地形を知って禍を避け、民を活かして利を取る。
地形を見極め、三利を保てば六禍は起きないのだ。」


3. 六禍(ろくか)とは何か

起こるメカニズム主な地形
(かい)大軍ゆえ指揮系統が錯綜し分裂通形・支形
(へい)小軍で吸収される遠形・隘形
(こん)奢侈により補給窮乏遠形・険形
(ざ)驕慢ゆえ反撃で打撃通形・挂形
(はい)陣形混乱で総崩れ支形・隘形
(そう)恐慌による潰走隘形・険形

六禍は “地形条件 × 指揮の誤り × 精神状態” の相互作用で発生します。


4. 三利(さんり)の運用ポイント

具体策地形との相性
令素行(命令が普段から行き届く)日頃から指揮系統を単純化。通達に「なぜ」を添える兵力分散しやすい通形・支形で効果絶大
賞信(賞罰の信実)功績評価を即時・公開・再現可能に士気低下しがちな遠形・険形で必要
罰明(罰則の明確化)軽重区分を事前告知し恣意運用しない狭路で混乱しやすい隘形・挂形で有効

三利が確立していれば、たとえ不利地形でも 潰・併・困・挫・敗・走 を防ぎやすくなります。


5. ケーススタディ:隘形での“走”を未然防止

背景

  • 狭谷に布陣。敵が両頭から圧迫。
  • 兵士が恐慌(走)の兆候。

失敗要因

  1. 指揮系統が二重化 → 命令不一致
  2. 賞罰が曖昧 → 先鋒が無断後退
  3. 罰を乱用 → 末端が離反

立て直し

  1. 指揮を単線化(令素行)
  2. 「通路死守で増俸・金鼓授与」を即宣言(賞信)
  3. 一般兵の過失は免責、指揮違反にのみ限定罰(罰明)
  4. 夜陰に乗じ側壁へ軽装隊を奇襲配置 → 挟撃で敵先鋒を挫く
    = 走禍を抑止し反撃成功

6. 現代への応用

軍事概念組織マネジメント対応
六禍:潰大企業の縦割り・派閥分裂
六禍:併スタートアップが大手に買収・吸収
六禍:困予算オーバーでキャッシュアウト
三利:令素行「普段から情報共有チャネルを一本化」
三利:賞信OKR/KPIを透明化し即時フィードバック
三利:罰明コンプライアンス違反のみ厳罰、挑戦失敗は寛容

7. まとめ

  • 六禍 は “天災” ではなく 指揮官の過失
  • 三利 を保ち、六禍を防ぐには 地形判断+統率+士気管理 が一体である必要。
  • 行軍篇の偵察・地形篇の区分・勢篇の奇正を総合し、「地理・人・時」を同時に制御するのが孫子流。

次回予告

第39回【地形篇(4)】総括と九地篇への入口

  • 六地形+六禍+三利を図解で総整理
  • 次章 第11篇「九地篇」 の “散地・軽地 … 死地” へどう接続するかを示します。どうぞご期待ください。

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