第40回【九地篇(1)】散地・軽地――浅い結束は一瞬で崩れる

『孫子の兵法』第十一篇「九地篇」

1. 九地篇 原文(冒頭部:省略なし)

孫子曰:

地有九者:散地、軽地、争地、交地、衢地、重地、圮地、囲地、死地。
散地者,諸侯自戦其地也;
軽地者,入人之地不深者也。

散地則無戰,軽地則無止。


2. 現代語訳

孫子が言う:

「地には九種類がある──散地・軽地・争地・交地・衢地・重地・圮地・囲地・死地である。

  • 散地 は、諸侯がそれぞれ自国を守ろうとしている領内(味方本国)である。
  • 軽地 は、敵領に浅く侵入しただけで奥深くは入り込んでいない場所である。
    散地では戦うな。軽地では長居をするな。」

3. キーワード解説

用語定義孫子の原則背景心理
散地自国領内。兵は「家に近い」無戦:戦わず撤収・結集を優先兵士が拡散しやすく指揮が効かない
軽地敵国の辺境。補給線短い無止:早く進むか早く引く兵も敵も本気度が低く膠着しがち

共通点 : 「浅い関与」なので集中力が弱い
相違点 : 後背が自国か敵国か


4. 戦術的処方箋

散地での要諦 ―― 「集」

  1. 召集し再編:各郡兵を集中配置し指揮統一
  2. 補給整理:領内ゆえ兵站は確保しやすい
  3. 無戦撤退:敵が来ても無理に戦わず要害へ引く
  4. 情報戦:民衆を通じ敵の動きを素早く掴む

軽地での要諦 ―― 「速」

  1. 偵察重視:敵本隊との距離を常時把握
  2. 速進 or 速帰:決して停滞しない(“無止”)
  3. 軽装行:兵站を背負い込まない
  4. 陽動可:敵を散らし深地形へ誘導する布石に使える

5. ミニケーススタディ

ケース地形成否の分岐点
A:国境沿いで敵軍を迎撃しようと拠点分散散地× 指揮分散→各個撃破。→ 「集」原則違反
B:敵領に 1 日行軍で前線村落を制圧・翌日停滞軽地× 住民反乱+敵援軍到着→補給線カット。→ 「速」原則違反

6. 行軍篇・地形篇との連動

テーマ行軍篇地形篇九地篇(散/軽)
偵察山林・沼沢の裏を調査六地形分類軽地:敵本隊距離測定
補給速やかに糧道確保遠形は糧線注意散地:自領なので補給安易
指揮行速而不亂三利で統制散地:「集」で再編

7. 現代への応用

九地概念ビジネス例実践ヒント
散地:無戦本社内の部門間対立競合せずワークショップで再結集
軽地:無止テストマーケットの小規模出店早期データ取得→成否即判断、ダラダラ居座らない

8. チェックリスト(散地・軽地篇)

  1. ここは味方領か敵領か?
  2. 部隊(社員)は散在していないか?
  3. 滞在目的は短期調査か長期駐留か?
  4. 補給路・帰還路が二重確保されているか?
  5. 情報収集ループは 24 h 以内で回っているか?

9. まとめ

  • 散地:味方領で指揮が散逸→まず集めて戦わず要害へ。
  • 軽地:敵領浅部で膠着しやすい→長居せず前進か撤退、“速” を貫く。
  • どちらも 「浅い関与=結束弱」 がネック。
  • 次なる 争地・交地・衢地 は “関与が深まるステップ” であり、ここで 形・勢・虚実 をフル活用する準備が必要。

次回予告

第41回【九地篇(2)】争地・交地・衢地――主導権争いが始まる

  • なぜ“争地”では先に奪い合い、“交地”では外交が絡み、“衢地”では通商路を押さえるのか
  • 各地形での経済・補給・情報戦のベストプラクティス

どうぞご期待ください。

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