第8回【計篇(3)】勝可知,而不可為――勝利を見抜く条件

『孫子の兵法』第一篇「計篇」

はじめに

前回【計篇(2)】では、「夫將者,智、信、仁、勇、嚴也」(将に求められる五つの資質)と「兵者,詭道也」(騙し合いを活かす戦略論)を中心に解説し、最後は「此兵家之勝,不可先傳也」という言葉で締めくくりました。
今回は、そこから続く本文を「省略なし」で掲載し、「勝利はどう予測できるのか」「勝てる状況をいかに作るのか」 をさらに深く掘り下げます。


原文

以下は、通行本(宋・明系)をもとにした『孫子』計篇の該当部分です。句読点・改行は読みやすさを考慮して付しています。

孫子曰:

故曰:勝可知,而不可為。
可勝者,彼雖衆,可使無鬥;
不可勝者,雖寡,猶不得勝也。

故明君賢將,能以上智為之謀,而必勝於廟算者也。
先知其可勝,而後求戰;先知其不可勝,而後避戰。
此乃善用計者也。

將聽吾計,用之必勝,留之;
將不聽吾計,不用必敗,去之。

計利以聽,乃為之勢,以佐其外。
勢者,因利而制權也。

先計爾後戰,則萬全之術也;
倉促赴戰,不先計者,必陷於敗。

人皆知我所能,而莫知吾所不能;
我皆隱其短,而示其長。

夫未戰而廟算勝者,得算多也;未戰而廟算不勝者,得算少也。
多算勝,少算不勝,而況於無算乎?
吾以此觀之,勝負見矣。

(※本文中に見られる「廟算(びょうさん)」とは、開戦前に行う綿密な作戦立案・軍議のことを指します)


現代語訳

孫子が言う:

「だからこそ、こう言うのだ――“勝利は(条件さえ整えば)見通すことはできるが、無理やり作り出すものではない”。
勝てる状態であれば、たとえ敵が大軍であっても、戦意を失わせて戦わずに済むように導ける。
逆に、勝てない状態であれば、敵が少数であってもこちらは勝てない。

ゆえに、明君(英明な君主)と賢将(有能な将軍)は、優れた知恵を集めて作戦を立て、廟算(事前の計画)によって必ず勝利を得るのである。
まず“勝てる”と判断してから戦いを仕掛け、勝てないと判断すれば戦いを避ける――これこそ計略を上手に使う者の態度だ。

仮に将軍が私の計(戦略)を受け入れて実践し、かつ勝利を収める見込みがあるなら、彼を任用せよ。
もし将軍が私の計を聞き入れず、従わないのであれば、敗北は免れない。そうした将軍には職を与えてはならない。

事前の計画を十分に練ったうえで、さらに“勢(状況や流れを生かす働き)”を作り、外部の要因も有利に活用せよ。
“勢”というのは、利(状況のメリット)に応じて、柔軟に権(権変・権宜)を制御することだ。

戦う前にしっかり計画するのは、万全な勝利の道である。
何の準備もせず戦いに赴くならば、敗北に陥るのは目に見えている。

人は皆、私(自軍)の“できること”は知りえても、“できないこと”までは知らない。
私の弱点・短所は隠して、あえて長所や強みだけを見せるのだ。

そもそも、まだ戦わずして廟算(事前の算段)の段階で勝てるとされるのは、得られる勝算が多いからである。
未戦の段階で廟算が敗北を示すときは、得られる勝算が少ない。
そして、勝算が多ければ勝ち、少なければ勝てないのだから、ましてや全く算段をしない者など勝ち目はあるはずもない。
私はこれによって、戦いの勝敗を見極められると考えるのだ。」


解説

(1) 「勝可知,而不可為」――勝利の条件を整えるということ

「不可為」の“為”は「人為的につくる」「むりやり作り上げる」の意。孫子は、勝てる状況(形)を事前に作り上げておくことが重要であって、無計画に突撃して勝利を“絞り出す”ことはできない、と断言します。
これは後に「形篇」「勢篇」でさらに論じられる“勝ちやすい態勢をあらかじめ整える”というコンセプトの根幹です。

(2) 敵が多くても、戦わずに済ませる

「可勝者,彼雖衆,可使無鬥」とは、敵が大軍でも、こちらが優位な状況を作れれば、相手の攻撃意欲を奪うことも可能という考え方です。実際、圧倒的な布陣や巧みな外交・心理戦によって相手を萎縮させ、開戦せずに降伏を誘う――そんな事例は歴史上にも数多く存在します。

(3) 「先知其可勝,而後求戰;先知其不可勝,而後避戰」

ここでは、戦うか避けるかを事前に判断する慎重な姿勢が強調されます。闇雲な勇敢さではなく、勝てる状況が整ってこそ戦い、そうでなければ回避・待機することが、結果的に国家を守る道だというわけです。

(4) 「將聽吾計,用之必勝,留之」

「計篇」は冒頭から「主(君主)と将(指揮官)」のあり方を語っていますが、ここではさらに具体的に「この戦略を受け入れ、実行できる将ならば留用する価値がある」と言い切ります。
要は、軍律や計画を守らない将軍は、いかに武勇に優れていても組織の足を引っぱりかねないという厳しい現実を示唆しています。

(5) 「勢」――状況や流れを最大限に利用する

「乃為之勢,以佐其外。勢者,因利而制權也。」という箇所は、後の「形篇」「勢篇」で詳説される“勢”の考え方を先取りしている部分です。

  • 勢 = 時流や地形、心理といったあらゆる要因を組み合わせ、相手より優位に立つ
  • “因利而制權” = 有利な要素(利)に応じて、変化を柔軟に制御(制權)していく

(6) 「人皆知我所能,而莫知吾所不能」

「私の得意分野や強みは敵に悟られても構わないが、弱点は隠す」という策略です。現代ビジネスでも、自社の強みを誇示しつつ、弱点は秘匿するのは常套手段と言えます。
このような情報戦が“詭道”と併せて用いられることで、相手に誤解を与え、こちらの勝ち筋を強めるわけです。

(7) 「多算勝,少算不勝,而況於無算乎?」

前回【計篇(1)】や【計篇(2)】でも触れた「多算勝」の再確認パートです。孫子は、「五事・七計」をはじめとする“算段”をいかに多角的に行うかが勝敗を分けると再三強調しています。


現代への応用ヒント

  1. プロジェクト開始前の条件整理
    • 「勝てる条件(人的リソース・予算・チームワーク・市場のニーズなど)が整っているか」をチェックしてから始動する。
    • 整わないならば急がず回避策を講じる柔軟さも大切。
  2. 人材マネジメント
    • 「計を聞き入れる(組織の戦略を共有できる)部下なら留用すべし」という考え方は、現代でもチームづくりに通じる。協調性や理解力がない場合は部署替えや契約解除も検討、という厳しさを孕む。
  3. 勢の活用
    • 市場や社会の“勢い”を捉えるビジネスモデル(トレンドの波に乗る)
    • 相手企業が油断している隙を突いて素早くリリースする“奇襲”
    • 強みをアピールし、弱点をカバーする情報発信戦略
      いずれも『孫子』が説く勢のコンセプトを応用した例と言えます。

まとめ

今回【計篇(3)】は、前回の「詭道論」からさらに進んで、「勝利の条件は事前に見極められる」「勝てるなら戦い、勝てないなら避ける」 という孫子兵法の要点を、省略なしで紹介しました。
孫子が求めるのは、いたずらな勇猛さや偶然の賭けではなく、計画・情報・状況づくりによる安定した勝ち方です。将軍やリーダーは、この方針に則って「勢」を作り、機を見極めなければならない、と何度も訴えかけているのが印象的です。

次回【第9回(計篇(4))】は、計篇の残り部分や関連する論点をさらに深め、より具体的な「詭道」活用やリスク管理へと話を進める予定です。どうぞお楽しみに。


あとがき

  • 廟算(びょうさん)と現代の戦略立案
    企業でも国家行政でも、プロジェクトを始める前に綿密な計画(ビジネスプランや政策立案)を行うのは当然のように見えますが、実際には場当たり的に物事を進めてしまいがちです。孫子は「廟算を軽視するな」と強調し、長期的視野の重要性を説いています。
  • 情報操作の二面性
    敵に対して「強み」を誇示しつつ「弱み」を隠すのは、攻撃されにくくするだけでなく、相手の誤解を誘う手段にもなります。一方で、情報を完全に秘匿するのは組織内コミュニケーションを阻害する恐れもあり、常にバランスが求められる点は現代でも変わりません。

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